大阪駅北側の貨物駅跡地を再編した「うめきた」は、しばしば「最後の一等地」と呼ばれてきた。都心の主要駅に隣接し、約24ヘクタールというまとまった土地が、21世紀に入ってから都市開発の舞台として残っていたこと自体が、きわめて例外的だったからである。
では、東京に同じような余白は残っているのだろうか。
結論からいえば、東京にも「うめきた級」の開発余地は残っている。ただし、それは大阪のうめきたのように、都心の真ん中にぽっかりと残された単純な更地として存在しているわけではない。東京の余白は、より複雑で、より立体的なかたちをしている。
築地市場跡地のような巨大な転用地。高輪ゲートウェイ周辺のような鉄道用地の再構築。KK線や日本橋の首都高速道路地下化に見られる、道路空間の転用。さらに、虎ノ門・麻布台・六本木に連なる高密度市街地の立体再編。東京の「次の一等地」は、土地を新たに見つけるというより、都市の構造そのものを組み替えることで生まれつつある。
更地としての余白は、築地でほぼ終わる
東京で最も「うめきた」に近い場所を一つ挙げるなら、やはり旧築地市場跡地である。

築地市場は2018年に豊洲へ移転し、中央区築地には約19ヘクタールのまとまった都有地が残された。銀座から徒歩圏、汐留・新橋・勝どき・晴海にも近く、隅田川と浜離宮恩賜庭園に面する。都心性、規模、地権者の単純さという点で、築地は東京に残された数少ない巨大な「更地型」の余白である。
東京都の募集に対し、三井不動産を代表企業とする企業連合が事業予定者に選定され、築地地区ではマルチスタジアム、MICE、ホテル、オフィス、住宅、食文化発信施設、舟運拠点などを組み合わせた大規模開発が構想されている。提案の核にあるのは、単なる商業開発ではなく、東京の国際競争力と水辺の公共性を同時に高めるという考え方である。
MICEとは、企業等の会議(Meeting)、企業等の行う報奨・研修旅行(インセンティブ旅行)(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議 (Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字を使った造語で、これらのビジネスイベントの総称です。
ここで重要なのは、築地が「銀座の隣の空き地」ではなく、「東京の重心をもう一度、水辺へ引き戻す装置」として位置づけられている点だ。日本橋、銀座、築地、浜離宮、晴海、有明へとつながる軸が強まれば、東京の中心は丸の内・大手町だけでなく、湾岸方向へと広がっていく。

さらに、都心部・臨海地域地下鉄の構想が実現すれば、築地は東京駅方面と臨海部を結ぶ結節点になりうる。現在の築地は地下鉄日比谷線や大江戸線に近いとはいえ、スタジアムやMICEを支えるには交通容量の面で課題がある。新線は、その弱点を補い、築地を「イベントの目的地」から「都市の結節点」へ押し上げる可能性を持つ。

築地の開発が象徴しているのは、東京に残る最後の大規模更地が、単体の収益不動産ではなく、交通、観光、食、文化、水辺、国際交流を束ねる都市装置として使われようとしていることだ。
高輪は、鉄道の裏側を都市の表側に変える
築地が市場跡地の転用だとすれば、高輪ゲートウェイ周辺は鉄道インフラの再編集である。
品川駅と田町駅の間には、かつて広大な車両基地が広がっていた。山手線の内側に近く、品川駅にも近いにもかかわらず、長い間そこは都市の表通りではなく、鉄道を支える裏側の空間だった。その一部を再編して生まれたのが、高輪ゲートウェイ駅周辺の開発である。

この場所の意味は、単に新しい駅前ビルができることではない。東京の南の玄関口である品川と、山手線の新駅、旧東海道沿いの高輪、そしてリニア中央新幹線を見据えた広域交通が重なり合うことで、日本の「表玄関」の性格が変わろうとしている。
高輪ゲートウェイシティは、「Global Gateway」を掲げ、オフィス、商業、ホテル、文化施設、MICE、スタートアップ支援などを組み合わせる。開発中には明治期の鉄道遺構である高輪築堤も確認され、保存と開発をどう両立するかが大きな論点となった。これは東京の都市開発が、単に古いものを壊して新しいものを建てる段階から、歴史を都市価値として組み込む段階に移っていることを示している。

うめきたが大阪駅北側の「空白」を都市に戻したプロジェクトだとすれば、高輪は鉄道インフラの余白を、駅と街が一体となる都市へ変換するプロジェクトである。鉄道会社が土地所有者であり、交通の運営者であり、まちづくりの主体でもある点に、東京らしい強さがある。
東京の余白は、地面よりも上空と地下にある
東京の開発余地を考えるうえで、最も重要なのは「土地が空いているか」だけではない。むしろ、既存の都市インフラをどのように立体的に使い直すかが問われている。
その象徴が、東京高速道路、いわゆるKK線の再生である。銀座周辺を走るこの高架道路は、かつて自動車交通を支える都市インフラだった。しかし都心環状線の機能更新や交通体系の変化により、自動車専用道路としての役割は見直されつつある。東京都などは、KK線を歩行者中心の公共的空間へ再生し、緑の回廊として活用する方向を示している。

ここで生まれる余白は、土地ではなく「空間」である。すでにある高架構造物を壊して更地にするのではなく、その構造を活かして、人が歩き、滞在し、街をつなぐ場所へ変えていく。銀座、有楽町、新橋、築地、日本橋といった都心の街は、距離としては近い。しかし大通りや高速道路、鉄道、業務街の谷間によって、歩く体験としては分断されてきた。KK線の再生は、その分断を上空の歩行者空間によって縫い直す試みである。
同じことは、日本橋周辺の首都高速道路地下化にもいえる。日本橋川の上空を覆ってきた高速道路を地下へ移すことで、川と空を都市に取り戻す。高度経済成長期の東京は、限られた土地に道路を通すため、川の上や空中を使った。成熟期の東京は、そのインフラをもう一度編集し直し、公共空間としての価値を回復させようとしている。
この転換は、東京の都市開発の評価軸が変わりつつあることを示している。かつては、どれだけ床を増やすかが開発の中心だった。いまは、どれだけ歩けるか、滞在できるか、緑や水辺に触れられるかが、都市の競争力に直結するようになっている。
物流インフラは、未来の一等地になりうるか
より長い時間軸で見れば、東京貨物ターミナル周辺も見逃せない。
品川区八潮に位置する東京貨物ターミナルは、日本最大級の鉄道貨物拠点であり、敷地規模は築地やうめきたを大きく上回る。現在も重要な物流インフラとして稼働しており、単純に移転して都市開発用地にするような場所ではない。むしろ、ここを「空き地候補」として見ること自体が早計である。

しかし、東京の都市構造を考えるうえでは、この場所が持つ意味は大きい。羽田空港に近く、品川・大井町・臨海部とも接続し、広域物流と都市生活の境界に位置しているからだ。近年は東京レールゲートのような大規模物流施設も整備され、貨物駅は単なる積み替え拠点から、都市型物流の高度化拠点へと変わりつつある。
将来的に、自動運転、共同配送、地下物流、空港アクセス、臨海部の再編が進めば、東京貨物ターミナル周辺は「物流を排除して都市にする場所」ではなく、「物流と都市機能を重ねる場所」になる可能性がある。オフィス、研究開発、住宅、商業をただ載せるのではなく、都市の裏側だった物流を、環境負荷の少ない都市基盤として表側に組み込む発想である。
これはまだ仮説の領域にある。だが、うめきたもかつては稼働する貨物駅だった。今日のインフラが、明日の都市の余白になることは十分にありうる。
既成市街地を「畳み直す」開発
東京の余白は、巨大なインフラ跡地だけにあるわけではない。むしろ都心の多くでは、細分化された土地、老朽化した建物、狭い道路、木造住宅密集地、古いオフィスビル群の中に余白が隠れている。
森ビルが提唱してきた「Vertical Garden City」、すなわち立体緑園都市の考え方は、この都市の読み替えを象徴している。平面的に広がる建物や機能を高層化し、足元に緑地や広場、歩行者空間を生み出す。虎ノ門、六本木、麻布台で展開されてきた手法は、土地を外へ広げられない東京において、内部から余白を生み出す方法である。

もちろん、この手法には時間がかかる。地権者が多く、生活や事業がすでに営まれている場所では、合意形成に数十年を要することもある。麻布台ヒルズのようなプロジェクトは、東京の開発力だけでなく、東京の合意形成の長さも示している。
それでも、この市街地再構築型の余白は、今後ますます重要になる。老朽マンションの増加、防災性の向上、歩行者空間の不足、緑の不足、国際ビジネス拠点としての更新需要。これらの課題は、単独の建て替えでは解けない。街区単位で建物をまとめ、道路や広場を再配置し、都市機能を立体的に組み直す必要がある。
東京の次の一等地は、何もない場所に突然現れるのではない。すでにある街を、別のルールで畳み直すことで現れる。
誰が余白を動かすのか
東京の余白を動かす主体は、一つではない。
築地では、東京都という土地所有者と、三井不動産を中心とする企業連合が大きな役割を担う。高輪では、JR東日本が鉄道会社でありながら、まちづくり会社として振る舞っている。虎ノ門・麻布台・六本木では、森ビルが長期的な地権者調整を通じて、既成市街地を再編してきた。日本橋では、三井不動産が歴史的な街の文脈と再開発を結びつけている。
一方で、民間だけでは都市の余白は生まれない。容積率の緩和、都市再生特別地区、国家戦略特区、道路上空利用、地下鉄新線、駅前広場の再編。こうした制度や公共投資があって初めて、民間の投資は都市構造の変化へとつながる。
つまり、東京の余白とは、土地の余りではなく、制度、資本、交通、合意形成が重なったときに立ち上がる可能性である。地図上で空白を探すだけでは見えてこない。
「次のうめきた」はどこか
総合的に見れば、東京で最も現実的な「次のうめきた」は築地市場跡地である。規模、都心性、地権者の単純さ、事業者の決定、交通インフラとの連動という条件がそろっている。2030年代の東京を代表する新しい目的地になる可能性は高い。
一方で、都市構造への影響という意味では、高輪ゲートウェイ周辺も同じくらい重要である。ここでは、鉄道用地の裏側が国際交流拠点へと変わり、品川・田町・高輪・泉岳寺を含むエリア全体の意味が更新される。
高輪ゲートウェイ周辺は、まだ日常的な賑わいは薄い。ただしJR東日本は、TAKANAWA GATEWAY CITYを「国際交流拠点」と位置づけ、商業・ホテル・文化施設・コンベンションを段階整備している。さらに2026年以降は「広域品川圏」として大井町まで含む面開発へ広げる方針で、盛り上がりは駅単体ではなく、品川南部全体の回遊が生まれるかにかかっている。
さらに、東京らしい面白さという点では、KK線や首都高上部空間の再生がある。これは巨大な更地を開発する話ではなく、既存インフラを公共空間へ変える話である。成熟都市が、過去の成長のために作った構造物を、次の生活の質のために使い直す。そこに東京の新しい都市像が見える。
より長期の仮説としては、東京貨物ターミナル、霞が関の官庁街、赤坂プレスセンター(在日米軍基地)、中央防波堤、臨海部の未利用地も候補に入る。ただし、これらは実現性や制度的制約が大きく、現時点では「構想上の余白」として扱うべきである。
東京の余白は、構想力の中にある
東京には、うめきたのような巨大更地はほとんど残っていない。築地市場跡地は、その意味で最後の大物に近い。
しかし、それは東京の開発余地が尽きたことを意味しない。むしろ東京では、余白の性質が変わったと見るべきである。鉄道用地を街に変える。道路空間を公園に変える。川の上に空を取り戻す。老朽化した市街地を高層化し、地上に緑を戻す。物流インフラを都市生活の基盤として再定義する。
東京はこれから、新しい土地を外へ広げる都市ではなく、既存の都市ストックを三次元的に再編集する都市になっていく。その主戦場は、築地や高輪のような目に見える大規模開発だけではない。地下、上空、駅、道路、川、物流、制度、合意形成の中に広がっている。
東京の「次の一等地」は、地図上の空白ではなく、都市をどう使い直すかという構想の中にある。
その意味で、東京の余白はまだ尽きていない。むしろ、これから本格的に姿を現す段階に入ったのだ。